紙はいつ、どこで生まれたのか。紙のない時代から世界への広がりまで
インターネットやスマートフォンが普及し、デジタル化が急速に進む現代。
しかし、書籍やパッケージ、ポスター、そして日々の業務で使用するコピー用紙など、「紙」は依然として私たちの生活やビジネスに欠かせない存在です。
私たち新晃社でも、日々多種多様な紙の特性を活かし、お客様に高品質な印刷物をお届けしています。では、私たちが当たり前のように使っている「紙」は、いつ、どこで誕生し、どのように世界中へ広まっていったのでしょうか。
本コラムでは、「紙の歴史」を前編・後編の2回に分けて解説します。
前編となる今回は、紙が発明される以前の「紙のない時代」の記録媒体から、中国における紙の実用化、そしてシルクロードを経た世界への伝播までを紐解いていきます。
紙が誕生する前の「紙のない時代」
人類が文字や情報を記録するようになった当初、当然ながら現在のような「紙」は存在していませんでした。人々は、身近にある自然素材を加工し、その土地の気候や文化に合った記録媒体として活用していました。
パピルス
画像出典:The Metropolitan Museum of Art|Public Domain
紙が生まれる以前の代表的な記録媒体のひとつが、古代エジプトで使われていた「パピルス」です。
パピルスは、ナイル川流域に生育するカヤツリグサ科の植物の茎を薄く裂き、縦横に重ねて圧着・乾燥させたものです。最古級のパピルスの巻物は紀元前3000年頃のものとされ、古代エジプトを中心に長く使用されました。
英語で紙を意味する「paper」の語源にもなったとされますが、植物繊維を水中でほぐして漉く現在の紙とは、製法が異なります。そのため、厳密には現代的な意味での「紙」とは区別されることもあります。
パピルスは軽く、持ち運びやすいという利点がありました。一方で、折り曲げには弱く、主につなぎ合わせて巻物として使用されました。また、湿気に弱いため、乾燥した地域では保存に向いていたものの、湿潤な地域での長期保存には不向きでした。
羊皮紙(ようひし)/パーチメント

画像出典:Wikimedia Commons「Hallelujah manuscript on parchment, France」|Public Domain
動物の皮を加工した記録媒体として知られるのが、「羊皮紙」または「パーチメント」です。
羊皮紙は、羊や子牛、ヤギなどの皮を処理し、毛を取り除いたうえで木枠に張って乾燥させ、表面をなめらかに整えて作られました。動物の皮を使った書写材は古くから存在していましたが、特にヨーロッパにおいて、重要な文書や書物を記す素材として広く用いられるようになりました。
パピルスと比べると耐久性が高く、両面に書くことができ、折り曲げにも比較的強いという特徴がありました。そのため、巻物だけでなく、冊子状に綴じる書物にも適していました。
一方で、羊皮紙は非常に高価な素材でもありました。1冊の本を作るために多くの動物の皮が必要となることもあり、誰もが気軽に使えるものではありませんでした。
粘土板

画像出典:Wikimedia Commons「Cuneiform tablet - private letter」|Public Domain
古代メソポタミア文明では、川の周囲で豊富に採れる粘土が記録媒体として使われました。
柔らかい粘土を板状にし、葦(あし)の茎などを使って楔形文字を刻み込み、天日干しや焼成によって固めました。粘土板は非常に重く、持ち運びや大量保管には不便でしたが、耐久性に優れていました。
また、火災に遭った場合でも焼失するのではなく、かえって焼き固められることで保存性が高まることもありました。そのため、現代に至るまで多くの粘土板文書が残され、古代文明を知る重要な手がかりとなっています。
木簡(もっかん)・竹簡(ちっかん)

画像出典:Wikimedia Commons「Bamboo Slips & Wooden Tablets」|Public Domain
古代中国では、木や竹を細長い札状に加工した「木簡」や「竹簡」が広く用いられていました。これらに筆と墨で文字を書き、複数の札を紐で編んで束ねて使用しました。この束ねた形が、漢字の「冊」の成り立ちに関係しているとも言われています。
木簡や竹簡は、紙が普及する以前の中国において、行政文書や記録、書物の素材として重要な役割を果たしました。ただし、束ねると重くかさばるため、大量の情報を扱うには不便な面もありました。
日本でも、平城京跡などから多数の木簡が発掘されています。そこには、当時の行政記録や物品の管理、荷札のような情報が記されており、古代社会の実態を知る貴重な資料となっています。
紙の発明と蔡倫の功績
現在、現存最古級の紙として知られているものに、中国・甘粛省(かんしゅくしょう)の放馬灘遺跡(ほうばたんいせき)から出土した紙片があります。これは前漢時代、紀元前2世紀頃のものとされ、蔡倫よりも前の時代に、すでに植物繊維を絡み合わせてシート状にする技術が存在していたことを示す重要な資料とされています。
つまり、紙はある日突然、ひとりの人物によって完全に発明されたというよりも、長い技術的な蓄積の中で少しずつ改良されていったものと考えられます。
その中で、紙の歴史において特に重要な人物とされるのが、後漢時代の宮廷役人であった蔡倫(さいりん)です。

画像出典:Wikimedia Commons「Five Steps of Papermaking - Step 5」|Public Domain
蔡倫は西暦105年頃、樹皮、麻くず、ぼろ布、破れた漁網などを原料とし、それらを細かく砕き、煮て繊維を取り出し、漉いて紙を作る製法を改良したと伝えられています。そして、その紙を皇帝に献上しました。
蔡倫は「紙をゼロから発明した人物」というよりも、それ以前から存在していた紙づくりの技術を改良し、より実用的で安定した品質の紙を作る方法を整えた人物と見るのが適切です。
蔡倫によって改良された紙は「蔡侯紙(さいこうし)」と呼ばれ、従来の木簡・竹簡に比べて軽く、絹布よりも安価であったため、記録媒体として大きな可能性を持っていました。こうして紙は、次第に中国社会の中で重要な記録媒体として広がっていきました。
シルクロードを経た紙の伝播と広がり

画像出典:Wikimedia Commons「Caravane sur la Route de la soie - Atlas catalan」|Public Domain
中国で実用化された製紙技術は、長い時間をかけて周辺地域へ、そして西方へと伝わっていきました。その広がりは、交易路、宗教、文化交流、そして時には戦争とも深く関わっていました。
東アジアへの伝播
製紙技術は、中国の周辺地域へ徐々に伝わっていきました。朝鮮半島では、数世紀の時間をかけて紙の使用や製紙技術が広がっていったと考えられています。
日本への伝来については、610年に高句麗の僧・曇徴(どんちょう)が紙の製法を伝えたという記述が『日本書紀』に残されています。もっとも、それ以前から中国大陸や朝鮮半島を通じて紙そのものが日本に伝わっていた可能性も指摘されています。
その後、日本では紙づくりの技術が独自に発展し、やがて「和紙」として知られる日本独自の紙文化へとつながっていきます。
イスラーム世界への伝播
製紙技術が西方へ広がる過程で、よく語られる出来事が、751年に起きた「タラス河畔の戦い」です。
これは、唐とアッバース朝が中央アジアで衝突した戦いで、このとき捕虜となった唐の職人の中に紙漉きの技術者がいたことで、サマルカンドで紙の製造が始まったと言われており、製紙技術がイスラーム世界に伝わったという説が広く知られています。ただし近年では、この説明には慎重な見方もあり、中央アジアでは、751年以前から紙が使用されていた可能性があり、すでに紙が知られていたとする見解もあります。
その後、サマルカンドはイスラーム世界における製紙の重要な拠点のひとつとなりました。さらに他の都市にも紙の文化が広がり、行政、学問、宗教、文学の発展を支える重要な素材となっていきました。紙は、羊皮紙などに比べて比較的安価で扱いやすく、知識や情報の記録・複製を広げるうえで大きな役割を果たしました。
ヨーロッパへの到達
イスラーム世界に広がった製紙技術は、北アフリカやイベリア半島を経て、12世紀頃にヨーロッパへ本格的に伝わったとされています。
スペインのハティバは、ヨーロッパにおける初期の重要な製紙拠点として知られています。年号については資料によって表記に差がありますが、12世紀半ばには製紙が行われていたと考えられています。その後、13世紀にはイタリアのファブリアーノでも製紙が発展しました。ファブリアーノでは、水車を利用した製紙工程や、紙の品質を高めるための技術が発達し、ヨーロッパにおける紙づくりの重要な拠点となりました。
こうして紙は、ゆっくりとヨーロッパ各地へ広がっていきます。やがて紙の普及は、写本文化、商業文書、行政記録、そして後の活版印刷の発展にも大きな影響を与えることになります。
前編のまとめ
紙が誕生する以前、人類はパピルス、羊皮紙、粘土板、木簡・竹簡など、さまざまな素材を使って情報を記録してきました。それぞれの記録媒体には、その地域の自然環境や文化が反映されており、人々が情報を残し、伝えるために工夫を重ねてきたことがわかります。
その後、中国で実用化された紙は、木簡や竹簡よりも軽く、絹布よりも安価で扱いやすい記録媒体として広がっていきました。蔡倫は、その紙づくりの技術を改良し、実用的な紙の普及に大きく貢献した人物として、紙の歴史に名を残しています。
中国で発展した製紙技術は、東アジアへ、そして中央アジア・イスラーム世界を経て、長い時間をかけてヨーロッパへと伝わりました。私たちが日々当たり前のように使っている紙は、古代から続く人類の記録と伝達の歴史の中で生まれ、世界中へ広がっていった素材なのです。
続く後編では、ヨーロッパに伝わった紙がどのように大量生産されるようになったのか、そして日本において独自の進化を遂げた「和紙」の歴史と、現代の製紙技術について解説します。








